「雨上がりの朝焼け」
誰にも、知られてはいない事がある。俺だけの秘め事。
コレだけは誰にも気付かれてはいけない事柄であり、それは今のところ何も変わる予定は無い。
煙草を吸う俺の親友。その煙草の煙の先にはその彼女がいる。その煙さえも愛おしいというような表情を見せる。
その女は俺の想いを知る由も無い。
初めて彼女に出逢った日。健司に紹介されたときの沙良の照れ笑いが今も俺の中で悪さする。俺の胸の中を苦しくさせる。
その日からいつも「顔を見たい」と思う様になってしまった。俺と健司と沙良、俺達三人どんな時でも一緒に過ごした。そうするうちにどんどん膨らむ彼女への想いで俺の胸の中はいっぱいになっていった。
俺は初対面のときの沙良が健司を想うその瞳に強く惹かれたのだと思う。恋している女ほど綺麗で可愛くて魅力的なものは無い。
それから片思いというモノの中に何年も自分の気持ちを浸し続ける日々。健司を追う沙良の瞳が決して俺に向くことがないんだと理解していても、沙良を見つめることが俺の「日常」だった。
ずっと見ていたい。沙良には幸せになって欲しい。俺の力でそうすることが出来ないと解っているからこそ、沙良の幸せを応援し続けていたいという俺の感情が此処にある。
健司を想う沙良の笑顔が俺の全てだった。
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ある日、滅多にかからないい相手からの着信に一瞬息が止まる。携帯電話を持つ俺の手が震えるこの動揺には、ちゃんとした理由があった。
それは相手が「沙良」だったから。
いつも俺達三人の繋ぎ役は当たり前だが健司の役目だ。何となく違和感を覚えつつ、変な期待を胸に秘め、通話ボタンを押した。心臓がキュッと引き縮まった。一呼吸して耳に携帯電話を当てた。
第一声は普段どおりを装うべく、また一呼吸開けて言葉を発した。
「珍しいじゃん、こんな時間にどうした?、、、沙良?」
電波の悪い場所なのか、相手の声は俺の耳に届いて来ない。「…おい、沙良?」もう一度呼びかけると、途轍もなくデカイ溜息が耳に届く。なんだよ、いきなり溜息?どういう用件なんだ?と俺の頭の中には疑問符が渦巻く。
また溜息をつく沙良。でも、最期の吐息は震えてるようにも感じ取れた。
と、同時に唐突に明らかに沙良ではない声を発する女が堰を切ったように受話器の向うで喋りだした。
『優太?今からT総合病院に来て!救急外来のところだから!健司がやばいの、早く来て!』
頭の中で徐々にイメージが湧いてくる。震えながら沙良が俺の携帯に電話をかけるその傍に健司のねーちゃんが居て、それはおそらく病院の救急外来の入り口。雨音は届かないからおそらく自動ドアと自動ドアの間辺り。
俺の部屋の窓から見える空には突然、雷が光とともに瞬時に激しく轟いた。
時計を見ると、もう直ぐで日付が変ろうとしていた。TVはこの地域でしか流れないCMが流れている。もう10年以上も変らないメロディーと映像を上の空で見聞きしていた。「心此処に在らず」だった。
俺は急いで身支度を整え、かーちゃんの車を借りて病院へ急いだ。
雨はこれでもかという位、強く激しく降り注ぐ。フロントガラスには大粒の水滴が無数に打ちつけ、俺の視界を妨げる。時折、雷光が夜空を怪しい白夜に変えては、また真っ暗な闇を引き戻しす。最悪の空模様。
この胸騒ぎは今までに味わったことの無い位の不安の現れなのだろう。動悸が止まらない。ハンドルを握る手が汗ばむので何度もジーパンの太ももで手の汗を拭った。それでも気持ちばかりが焦った。夜中で車は少ないにも拘らず、雨の運転で急ぐにも急げない。もどかしい苛々が募った。
健司はこの雨の中バイクに乗っていて事故を起こした。交差点で乗用車と衝突したらしい。
病院へ到着して当番のおじさんに場所を尋ね、その場所へ向かう。何処だ?きょろきょろと辺りを見渡す俺の背中に「優ちゃん」と声をかけて来たのは健司のかーちゃんだった。そちらへ振り返るとその先に手術室を表す灯りが赤々と光っていた。
「今、頭の調べたら出血してて、手術してんのよ。だから、ココで…成功を祈ってあげて、な。」
と健司のかーちゃんが俺に言った。沙良はその後ろで健司のねーちゃんに肩を抱かれて震えていた。その刹那、沙良の肩を俺が抱いてやりたいという本心が胸の中で騒ぎ出す。
……
言葉か出てこない。
健司がいなきゃ俺は沙良と知り合うことも無かったかも知れない。それ以前に健司は俺にとってガキの頃から大事な親友で俺を理解してくれている貴重な存在なのだ。このまま、もし健司が帰ってこなかったら俺と沙良の関係は、どうなる?今までどおりか、もしくはそれ以上の事も有り得るのか?
自分でも消化できない「善」と「悪」の感情が胸の中で葛藤する。でも、今は兎に角、沙良が悲しむ顔を何とかしなきゃならない気がした。だから「健司、頼むから戻って来い!」と願わなければならないんだ。俺は単純だから、それしか沙良の笑顔を取り戻すという方法が無いと思った。
俺には沙良を幸せに出来ない。健司にしか沙良を幸せにすることが出来ないんだと思う。だから神様、俺の願いを叶えて。沙良を幸せにしてあげたいんだ。健司を救ってくれ。健司がいなくなったら、沙良も消えてしまうんじゃないだろうか。そんな気がした。それは困るんだ、だから俺の為には健司は生きててもらわなきゃ困る。
ひたすら神に祈って時が過ぎるのを待ち続けた。
いつの間にか雨も止んでいた。雷鳴も聞こえない。
空は薄っすらと色づき始めたその頃、俺と沙良は帰路に着くことになった。健司の手術も無事に成功し、なんとか山場も越えて安定したという医師の言葉にその場に居るみんなが安堵した。
俺の神頼みも捨てたモンじゃ無かったって事だろう。やっぱ俺の沙良への想いは半端無い気がして、その反面沙良への想いが強いものだと思い知らされたような気がして、少し切なくなった。
健司のねーちゃんとかーちゃんは、まだ病院に居るというので、俺が沙良を家まで送る役目を仰せ付かった。
助手席には思いもよらず、想い人である沙良を乗せることになってしまった。
俺達はかーちゃんの車で沙良の家へと向かう。朝帰りも病院からだと思うと心境は少し複雑だった。だけど、ちょっとだけ嬉しくも思う。
徐々に朝日が昇っていく様は雲で遮られていて綺麗とは言い難いものだった。しかし、初めて二人で見る朝焼けをこの目にこの胸に今だけ深く焼き付けようと思った。
そんなことを考えているなんて、助手席の沙良は知らないだろう。横目でその様子を覗いながら信号で止まった。
すると、沙良がその時を待っていたかの様に口を開いた。
「地球上に2人っきりになると本気で嫌いな奴でも好きになるって噂話、訊いたこと有る?」
沙良が朝焼けを見つめながら呟いた。その視線の先には病院のベッドで眠る健司が居る。その心は僕を飛び越え遥か彼方。
そんな噂話、一度も聞いた事なんて無かった。だけどその話は俺にとってはなかなか魅力的な話だった。
たとえ、それが思いつきの出任せであったとしても。
「それ、沙良と俺とで試してみる?」
素っ気なく切り出せる、僕等はそういう間柄。 「そうだろ?」と心の中で付け加えてみる。
「いいよ」
間髪入れずに応える君。本気にとってしまいたい衝動に駆られる。だけど、いつもの沙良の悪戯好きな本性が顔を覗かせたのだと、直ぐに悟った。その証拠に、彼女はまた言葉を追加する。全てを打ち消す様に。
「な〜んてね。」
と、舌をちょろっと出して肩を竦める。
予想通りの事態に俺は思わず失笑しつつも、沙良の頭を小突く。「あはは」と笑う顔はいつもの沙良の笑顔だった。「いいよ」という返事よりも、その笑顔が戻ったことが何よりも嬉しい自分に気付く。
そんな笑顔見せられたら勇気を出して本気もこれ以上貫くことが出来なくなった。本気交じりの勇気振り絞った俺の努力も、その笑顔には敵わないのだ、いつも。
彼女に俺の力ない乾いた笑い声に混じった感情は、少しでも君へと届いただろうか。
きっとこの先も、この想いは彼女に届くことは無いだろう。たとえ沙良が俺の自分に対する感情の名前に気付いたとしても、こうやって互いに笑い合いながら冗談に置き換えて消化されていくのだろう。
それでもいい、俺は大丈夫だ。
俺は失恋を繰り返し続け、生きていく。そして、いつか違う誰かと出会うのだろう。
それまで、沙良を好きでいさせてくれと神様に祈ろう。
そして、そんな蛇足の日常に二人っきりにしてくれて、束の間の「泡沫の夢」を見せてくれた神様に感謝しよう。健司を救ったのと同じ、神様に。
今日ほど、神様に感謝したい思った事は無いかもしれない。神様がくれた俺へのたくさんのご褒美の数々。一生分の願い事をした気がした。そしてそれが一度に一気に叶った気がした。
でも、いつかまた一生のお願いさせてくれよな。神様。
神様が俺にくれた二人っきりの束の間の時間と、雨上がりの朝焼けは俺と沙良だけに優しかった。
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<あとがき>
初めて、恋愛のお話を書きました。
詩にするのとストーリーにするのとは又違って新鮮でした。
このお話の由来になった詩が136
「残酷で嘘つきな華」
という詩です。
詩を書くと同時に、妄想が走り出していました。
詩の方も読んでいただけると嬉しいです。
※UP後に、少し修正したところがあります
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