sybilla*
僕の想いを受け止めてくれたのは君だけだった
151
「芽が出ない種」


ある日男の子は授業中に実の成る種を植えました。
その子は毎日水を与えました。雨の日は愛を注ぎました。

その種からは芽が出ると信じて水を愛を与えました。
だけど5つ植えた種からは、ひとつも芽が出ませんでした。


―水を与えていればいいと思っていたのに

―愛を注げば返ってくると信じていたのに


それは全てには当てはまらない方程式で、それはとても難しく悲しくて辛いものでした。

何日経ってもひとつの芽も出さないのはその子の植木鉢だけでした。
するとたくさん芽を出した友達が間引きした苗を分けてくれました。

その苗は本当は雑草同様に捨てられてしまい枯れて果てる運命だったはずの苗でした。
その事を考えたら自分の種が芽を出さない事で悲しかった気持ちが自然と消えていました。

その日から男の子はその苗ひとつだけに一生懸命に水を与えて愛を注ぐことになったのです。
苗はすくすくと青々と伸び可憐な花を咲かせながら立派で美味しい実をたくさん付けました。

捨てられるはずだったその苗は、大輪の花を咲かせて実を実らせ種を付けて男の子の注いだ愛情を地に落としました。

落ちた愛情はまた芽を出して成長し、花を咲かせて実を実らせ種を付けてを繰り返し次々に捨てられた筈の愛を落としていきました。

その繰り返しに気付いた男の子は、芽が出なかった悲しみよりも苗を与えてもらえたことにより、人の優しさに触れて幸せを知りました。




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<あとがき>

種も全て芽が出るとは限らない
出なかったとき分けて貰ったことがあって
とても嬉しかった記憶を辿ってこのお話を書きました

少しだけ童話風?笑



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2008.08.16 * SS(短い物語) * CM:0 * * top↑
149
「オアシス」 



僕は毎朝車で通勤する

毎日同じ車で同じ道を同じ時刻に通過する。その繰り返しの中で見つけた楽しみ。微笑ましい光景。
店先に打ち水をする店員。その店員にいつも話しかけている老女。その場にいつも停車する自分の車。いつもの朝の風景。
何故かココの信号に引っかかってしまう。毎朝2回も引っかかる。この原因は青の時間が異様に短い信号にある事だということは百も承知だった。だけど、この道通勤のためには一番の近道なのだ。ほかの道だともっと時間が掛かってしまう。

 僕があの店に目が行くようになったのは丁度一年前の事だった。淡々とした無機質な朝に突然に姿を現すようになった人。
いつの日か、その人から目が離せない自分が居ることに気付いた。その人を見れた日は仕事もスムーズに進む気さえしていた。
たとえ、それが後姿であったとしても。

 そんなある休日、僕は散歩に出掛けた。空は青く澄んでいて風が気持ちよく僕の隣を通る。心地よい風がどんどん流れていく。
 季節は夏の終わり。夕方に近づくと風も涼しげに吹き抜けようになった。赤とんぼが飛んでいて、夏の名残惜しさを引き立てて、そんな夕暮れ時には愛犬ジョセフの散歩に限る。思い立つと即行動の僕。僕は財布と携帯電話をポケットに入れ家を出た。

 夜の予定は同僚と先輩の家に晩飯をご馳走になりにいく。いつもお邪魔してる直属の上司。彼はとても気立てがよく、面倒見もよいと思う。
 いつもこうやって僕らを家に招いてくれる。そんな彼は今年ジューンブライドで結婚した新婚さんだ。奥さんも同じ会社で経理に所属している。いわば社内恋愛。いつか僕も、そんな相手が居ない今。結婚願望も何もあったもんじゃないが、彼らを見ているとこっちまで幸せになってくる気がする。そう思わせる人ってある意味魅力的なんだと思う。僕もいつか誰かにそんな風に思われたりするのだろうか…。そんな事を思いながらジョセフの首輪にリードを繋ぐ。

 ジョセフは黒斑のフレンチブルドッグだ。僕がペットショップで一目惚れして6年前に父が飼ってくれた。当時は毎日朝と晩に散歩に連れ出していたが、就職してからはいつも母に散歩を任せていたから、なんだか申し訳なく感じていた。だから暇があればこうやって散歩へ連れ出すようにしている。  少しでも僕もジョセフに飼い主だって主張しておかなければ、最近は母の方に懐いている気がしてならない。そんなことを思いながら、僕は公園へ向かった。

 いつも利用している公園は歩いて1キロ程で、そこまでの道のりは土手を通り橋を渡り街へ向かうというコースだった。
 いつもの様に橋を渡りながら、僕はあることに気付いた。この橋を渡り、渡った直ぐの交差点を曲がれば大通りに出る事に。その道は僕の通勤路であり、あの店がある道なのだと気付いた。
 いつもは車で窓越しに見る景色、風景、建物。それを歩いて観て行くのも悪くない、少しだけ遠回りになるが気にはならない程度だ。そう思い立った僕は少し戸惑うジョセフをリードして大通りへ足を向けた。

 ジョセフはいつもと違う道にいつも以上に鼻を鳴らしながらのんびりと進んでいく。あちこちで低い鼻を擦り付けて匂いを嗅ぐ。それに気付いて僕も少し足を緩めた。だけど気持ちは遥か彼方、あの店の前。彼女がいるか、それだけが気になった。
 もし居たら、どうしよう。急に不安になる。だけどジョセフの存在がその気持ちを少しだけ落ち着かせてくれる。やっぱりジョセフは僕の心のオアシスだ。この愛くるしい表情と仕草が堪らない。ジョセフに合わせて僕らは何度も立ち止まりながら、その店の前へと辿り着いた。
 
その店は花を売っていた。店先にはブーケがあり、鉢物もあるようだ。奥のショーケースには切花もある。全体的にこじんまりとした店の奥には花を買う客が居た。
 その奥のカウンターにいるのはいつもの店員さんではないようだった。少し年配の、年のころはうちの母ちゃんくらいだろうか。彼女は休みだろうか、そんなことを思い少し残念だと気付いて、自分の心の中に住む好奇心に似た感情が騒ぎ出す。
 僕はその騒ぎ出す気持ちに戸惑いながら花を物色した。時折ジョセフが花を食べてしまいそうになり焦りながらも花を観賞した。

 花の名は知らない名前ばかりだった。一つ一つに説明書きがあり、値段と一言が添えられていた。直感で彼女の字ではないかと思った。店の店主と思われる年配の女性の字にしては若すぎる気がしたからだ。
 僕はその中で色合いが気に入ったブーケを見つけた。青をベースにした小さなブーケ。花の名前なんて知らない。だけどキレイで彼女に似合いそうな気がして、そのブーケを目に焼き付けた。
 帰りにまた、もう一度この店の前をを通ってみよう。そして、まだあのブーケがあったらならブーケを買おう。そう決意して公園へを足を向けた。後でこの店に来たとき、彼女がいてくれて、そして笑顔で出迎えてくれれば、と思った。

公園へ向かいながら僕の微かな期待をそのままに軽やかな足取りで歩道を進む。ついつい胸の高鳴りを抑えきれずに僕はつい走り出す。ジョセフも待ってましたとばかりに駆け出した。そうして僕らは公園まで久々に疾走した。

公園に着く頃には僕もジョセフもかなり息が上がってしまった。夏の終わり。日の落ちる速度が速まる季節になってきた。風は涼しいと感じれるくらいにまで温度を下げて僕のところに届く。
 公園のトイレまで行くと僕は顔を洗い、ジョセフは水飲み場で水を飲む。窒息しそうなくらいに水面に顔を近づけ水を飲むジョセフ。相変わらずその低い鼻が愛くるしい。

 いつものように中央の芝生の広場でリードを解く。ジョセフは好奇心旺盛に見られるのだが実はそうでもない。マイペースだけどとても忠実。小さい頃に僕と父が徹底的に仕込んだ成果だと思う。持ってきたボールを僕は空高く投げた。それに短い尻尾を千切れんばかりに振りたてて全速力で走る。それを口で拾い上げて僕のところまで持ってくる。いい子いい子して2粒ほど固形の餌を口に運んでやる。がっつきながらじゃれ付いてくる。

 そんな事を繰り返して一緒に走り転げ回りじゃれ合う。おそらく変な飼い主だと思われているかもしれないなんて、少し思いながらもどうしてもやめられない。ジョセフは本当に可愛い奴なんだ。
 段々と空は色づいてゆく。リードを付け自販機に向かう。

「あんた、いいわね〜たくさん遊んでもらって!」

声のする方に顔を向けると、そこにはかなり年配の女性がニコニコしながらジョセフの頭を撫でてながら身体に付いた草を取り除いてくれている。

「あ、どうもありがとうございます。」

 僕が思いっきり照れ笑いで返すと、彼女はふわふわした笑顔で「若いっていいわね」なんていいながら去っていった。彼女の連れている犬はおそらく雑種だろう。それでいてかなり老犬の様の思えた。 では、また。なんてつい口から出てしまうほど初対面でも親近感が沸く。そんな思いにさせてくれる素敵な笑顔が印象的な初老の女性だった。

 僕はペットボトルの炭酸飲料を買った。こんなときは本当はビールでも飲みたい気分だが、そこは後の楽しみに取っておく。渇いたのどに一気にジュースを流し込む。喉を通る刺激に負けそうになりながらも渇きには適わずにグビグビ飲み干した。早く帰って支度して出掛けなくてはいけない。僕らはそこから足早に一直線にあの店へ向かった。


↓ 続きます


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 あのブーケは、あった。買うと決めていたが少し戸惑ってしまう。何も考えずに買おうとしているが、実際このブーケを渡す相手もいない。そもそも僕にはいま彼女も想い人もいない宙ぶらりんな状態の男なのだ。なんだか無性に気恥ずかしくなってきた。そんな時、不意に誰かが近づいてくる気配に気付いた。

「贈り物ですか?」

その声は想像していたものよりも少し低めでだけど、はっきりと僕の耳に届く澄んだ声だった。その声の主は、紛れも無い「朝の人」だった。こんな至近距離でしかも生声まで聞けるなんて…なんだか大好きな芸能人に鉢合わせてしまったくらいの衝撃を受けた。実際、それを望んでいたにも拘らず、僕はアタフタと言葉を捜す。

「あ、ハイ。母に、えっと…それで、コレください」

何で母ちゃんなのか自分でも謎だったが、咄嗟に言い訳めいた事を言ってしまう。自分はフリーだと「母」という単語に乗せて彼女へ届ける。

「お誕生日とかですか?」

小首をかしげながら僕の顔を覗き込む彼女。その目はスッキリとした奥二重の目でとても茶色だった。白目は青白く濁りも充血も無くとてもキレイだ。吸い込まれそうだ。そんな事を思いながら

「や、誕生日は11月なんスけど。コレ、公園に行く前から目付けてたんスよ。まだ売れてなかったら買おうって思ってたら、まだ売れてなかったんで…なんで、コレ下さい!」

言ってて、少し恥ずかしかった。でも正直に伝える。コレが僕のポリシー。目を見て伝える事が誠意だと、小さい頃から父や母に教わったから。それに自分もそうして欲しいと僕を見てほしいと思ったから、彼女に僕は君を見ているんだと伝えたかったから。
 ジョセフが僕の足元で不貞寝している。こういうときに邪魔してこない事に少し感謝するも持て余した気持ちを何とか落ち着かせたいと、僕はリードを手短にまとめて握り直した。それに驚きジョセフが顔を上げるが、僕がココから立ち去る意思が無いのがわかっているのかまた不貞寝に転じる。
 すると彼女が、ふんわりと微笑む

「ありがとうございます!このブーケ私が作ったんです!まだ半人前なので安いものしか出してもらえないんですけど…褒めて頂けてとてもうれしいです!」

奥に案内されて会計を済ます。慣れた手つきでレジを打つ彼女。名前も知らない、どこに住んでいるのかさえも。だけどココで働いている事だけは知っている。そして細くしなやかだけど、指先はささくれ立っていて、声は低めで澄んでいる事。至近距離で気付いた事。

「ありがとうございます!またお越しくださいね♪ワンちゃんも。またね!」

彼女はジョセフの頭を撫でてそう呟く。その指は若いのに母ちゃんよりも荒れていて可哀想に思ってしまった。そして僕はもうひとつ伝えたかった事を思い出した。

「僕、この道、毎朝車で通ってるんですけど。いつも気になってて…今日やっと来れました。また来ます!じゃ、また。」

彼女はジョセフの位置までしゃがみこんでいた身体はそのままに顔だけを上に向け、少し驚いた表情で僕を見上げた。
この角度も、ぐっと来るかも。なんて思いながらも見つめ返して彼女の言葉を待った。
彼女は立ち上がり、エプロンをはたきながらふにゃっと笑う。先程とは違う笑顔に僕の心臓が鼓動を激しくさせた。

「朝、お車ですか?この道多いですものね!いつも大変そうだなって思いながら掃除してるんです。」

「ええ、ココは最低でも2回は引っかかりますから。僕が通る時間帯は交通量が一番多いし。でも一番時間短縮できる道なんで。」

「じゃ、8時過ぎですか?私その時間よく店先の掃除してるんですよ。」

「知ってます。」

?

「あ、いつも偉いなって思って見てました、や、たまにですけど。」

ヤバイ、ストーカーのような発言に彼女も驚いていたようだったが、僕の慌てふためいた動きを見て思わず噴出す彼女。

「では、私も朝、車を気をつけてみて見ますね!」

なんて言って電話が鳴る。ではまたお越しくださいね、と電話に出たので僕も店を出た。

 話ができるとは思ってなかったが、ココまで心を曝す気も更々無かった訳で。自分の馬鹿正直さに思わず深いため息をついた。きっと彼女は僕の事変な奴だと思ったに違いないだろう。
 そこから帰る僕の足取りは、一層重いものになっていた。今日は凄く疲れた。でもブーケはキレイで、僕の心の失敗をも勇気付けてくれているような気がした。この花は先輩の奥さんにあげよう。そんなことを考えながらトボトボと帰宅した。

 僕はその後、先輩の家にお邪魔してビールを飲みまくり、同僚も驚く程に酔い潰れてしまった。記憶を飛ばしたのも3年ぶりくらいだった。
 どうやって帰ったかも定かではない。だけど先輩の奥さんがダイニングテーブルに活けたブーケの青が白い部屋に映えていて、あげてよかったと思った事だけは覚えている。
 

 月曜の朝、僕はまた車に乗って会社へと向かう。月曜という日は何故だか異様に車が多い気がするのは気のせいだろうか。そんなことを考えるも、あの店の前まで来ていた。店の前には誰も居ない。金曜日の朝の老女が向こうから歩いてくるのが見えた。いつもと同じ白い小さな日傘を差してゆったりと歩いてくる。
 店のシャッターは閉まっている。シャッターに店の名前「オアシス」定休日月曜日と記されている。
あ、今日は定休日なのかと気付く。残念だ。非常に残念だ。車の多い日は最低3回も信号に引っかかるのに。軽くうなだれてる僕。今日の星占いは8位。微妙な順位だったんだ。ラッキーアイテムはハーブだったのに、確か花だよな?本当に残念だ。

項垂れる僕。
そんな僕を店の2階の窓から一人の女性が見ていたことなんて、知る由も無かった。
その窓辺には、ローズマリーが小さな花を咲かせて、そよ風に揺れていた。

ローズマリー

その花言葉は

「私を思って」

彼女がその花言葉を心の中で呟いている事も、僕は何も知らないままに。

その日は3回信号に引っかかり仕事へ向かった。



<あとがき>


今回のSSも長い…長文お許しください
ついつい言葉を付け足してしまった結果
このような長いSSに(;><)


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2008.08.07 * SS(短い物語) * CM:0 * * top↑
141
「真夏のキューピット」



 暑い夏に生まれた私の甥っ子は、今年10歳。私が21歳のときに生まれた甥っ子。社会人1年生の私にとっての衝撃的な一日だったことを10年経った今も忘れることが出来ない。
 もうアレから10年の月日が流れたのだ。


              ++++++++++++++++++++++


 10年前、仕事を終えた午後5時。帰宅しようと帰り支度をしていているところへ母から電話が掛かってきた。珍しく会社への母からの電話で多少驚いたことを覚えている。
 何やら昼頃に姉が産気づきクリニックへ向かう時慌てていた為に家の愛犬バニラの餌をあげてくるのを忘れたのだという。それで、私にバニラに餌をあげてからクリニックへ来る様にと電話してきたのだ。
 人使いが荒い母なのは充分に承知していたし、間抜けな性格であることもきちんと理解していた私は渋々餌やりを承諾した。
 その時の私はすごく無愛想な顔だったようだ。その顔に気付いたのは同期で経理に身をおく「早瀬川くん」だった。
 どうしたの?と不機嫌そうな私を宥めるかの如く、彼は私に話しかけてきた。彼とは同期の中でも仲の良い方で飲み会などの席などでも会計の私たちと隣の部署ということもあり、同席する機会も多かった。
彼が、私の不機嫌な理由を聞いた後、

「餌あげてから、そのクリニックに行くの?」

と尋ねてきたので、私は

「そうだよ、ココから直接行った方が本当は近いんだけど。ワンコの為に一旦帰ってから出直すの。」
 
と告げた。すると彼は事もあろうに予想外の言葉を切り出してきた。

「それなら俺が足になろうか?」

不可解なその言動に一瞬目を顰めて彼を凝視した。

「実はそのクリニックに知り合いが居てさ…夜勤の人との引継ぎが終わるのが6時ごろらしくって。ココから近いから、それまで時間も半端で時間持て余してたから暇つぶしに丁度いいし、どう?」

 早瀬川くんのナースの「知り合い」というフレーズを聞き、勝手に「知り合い=彼女」だと勝手に妄想を膨らませた私は、一度お目にかかりたいという気持ちでいっぱいで不可解なそのお誘いを受けることにした。

 マイカー通勤をしている彼の車に乗せてもらい、私の自宅へと道案内をした。
彼の車は3年前にお兄さんの新車購入を期に譲り受けたという4輪駆動の大きな車だった。年式は古そうだったが兄弟で大事に乗っているのだろう、車内もとても綺麗だった。
 いつもの駅ををこの日初めてこの時間に車道から通り過ぎる感覚が今でも忘れられない。
今考えるととても特別な出来事だった気がする、そしてあの日が私の「転機」だったのだ、とも。
 会社からは我が家までは車で15分ほどのところにある。多少坂道が気になるが、それを除けば結構便利な住宅街に位置していた。
 この時刻は帰宅ラッシュであるので車ではかれこれ倍近く時間を費やす。何だか余計に申し訳なくなってきたが、そのことを気にする事もなく軽快にハンドル操作に連動した軽やかなトークを展開する。
 その軽快男を横目でチラチラと観察し、その彼女もこの助手席でこの男の事をそんな風に思っているのかも?と思う。
 それよりも助手席に何の迷いも無く乗ってしまった私は、厚かましいにもほどかがあるな、と自分に呆れてしまった。
 そんなこと全く気にしていない様子で運転する早瀬川くん。車線変更も儘ならない私は彼の運転に、上手いもんだねぇ〜と巷のオバサンのようなことを言ってしまう。
 そんな私をフッと嘲笑うかのように笑ったかと思うと、

「高校時代に免許取らせてもらって、それからこの車貰ったんだよ、だからかもな?」

コレに乗りなれてんの、なんてハンドルを掌で叩きながら優しく受け答えしてくる。きっと彼は女慣れしているのだろうな、などと思いながら家路へ付いた。
 我が家の空車の駐車場へ車を停め、車で待つという彼を強引に家に連れ込んだ。家はそもそも実家だしお互いにただの友だちで何の下心もない。
 バニラも留守番していて、愛犬の為にエアコンを付けているのを私も承知していたので彼を家に上げる事に何の迷いも無かった。
 早瀬川くんをリビングのソファに座らせお茶を出している間に、私は私服へ着替る。それからバニラの餌やりをして私達は家を出た。
 夕暮れにはまだ余裕のある空に浮かぶ大きな入道雲を見ながら、私達はクリニックへ急ぐ。

クリニックの駐車場に到着したとき、丁度車の時計のデジタルは18:00だった。

「時間にも間に合って良かったぁ〜。早瀬川くんありがとう!このお礼は今度ランチでもご馳走するから。」

といって車から降りようとしたとき、不意に彼も運転席から降りた。

「お前のねーちゃん、もしかして産んじゃってるかもだから、ホラ!急ぐぞ!」

 そういって私を助手席から降ろし私の手首を掴むと、ズンズンと病院の中を進む。まるで道案内のように何の迷いも無く進む彼の後姿を、ただただ見つめながら分娩室へ急いだ。
 いつも颯爽と同僚と社内を歩く姿と、今、手を引き迷い無く目の前を進んでいく彼の姿が重なる。
軽快男、早瀬川 高広。
 
 そのときの広い背中を、私は今でも覚えている。

 軽快男「早瀬川くん」の言うとおり、姉はもう甥っ子を産んでいた。彼は何でこうも勘が働くのだろう。もしかして本当はエスパーではないのだろうか?と真剣にそう思った。
 生まれて初めてご対面する私の甥っ子は、やたら赤く、しわしわで小さくて…そんな命を看護師さんが抱いていた。父と母と義兄さんの家族が我先にといった具合に覗いている。
 今日の朝まで姉のお腹の中でボコボコと動いていたその命。その命がお腹から出てきたという不思議な感覚。
 父と母は今までに見たことの無いような顔をしていた。

「おめでとう」

 不意に頭の上から聞こえてきた早瀬川くんの声。「ありがと」とかえした。彼は、わたしのおばさん記念日を祝ってくれたらしい。
 ちなみに私はおばさんとか呼ばせるつもりは毛頭ないのだけど。などと、そんなことを思いながら父と母の顔を見たら、その命の尊さをヒシヒシと感じてしまい、感極まってしまう。
 いつもふざけている父、それを冷たい視線で冷ややかに見つめる母。変な夫婦だが、なかなか調和の取れたいい夫婦。
 そんなふたりが初めておじいちゃんとおばちゃんになった日。姉が初めて母親になった日。
  
 そして、私が初めて本当のオバサンになった日。

 この真夏の夕暮れに生まれた命。私はこの日を忘れないだろうと、何故か思った。そして不覚にも鼻の奥がツンとして涙が出そうになった。
 命の誕生とは、全てのものに影響を与えかねない凄まじいパワーを秘めている。その事実を目の当たりにした私は姉の出産にさえ何故か泣きそうになる。

 ふと、甥っ子を抱いた看護師さんがこちらに目を向け、その目が早瀬川くんを捉えた。

 もしかてもしかすると、この人が早瀬川くんの彼女なのか…?
甥っ子の命の誕生におばさんになったという記念すべき日に同僚の彼女と初対面?何だかすごい組み合わせに自分でも驚くばかりだった。

「では、赤ちゃんは今日一日こちらのお部屋でお預かりいたしまして、明日以降ママさんの体調次第で同室ということになります。」 

と看護師さんは淡々と告げた後、確実に早瀬川くんにアイコンタクトしてから中へ入っていった。

「あの人が彼女?」

うっかり聞いてしまいたくなった私は、思わず口にしてしまった自分に驚きながらも彼の顔を見た。

「…はぁ?…って、あぁ、俺の妹。ちなみに似て無いけど双子な。お互いの時間が合う時は時々迎えにくるんだよ、ココ。」

 そういいながら、サッと私にハンカチを差し出してくれた。思わぬところで勝手に涙が頬を伝っていたらしい。ありがとう、とまた彼に感謝し遠慮なくそれを受け取り目に当てた。
 ガラス越しにちらちらと見えるテキパキと仕事をこなす女性。赤ちゃんのお世話も慣れたものだ。1卵生だからか、だからあまり似てないんだ。とか外見的なことも発見する。でも綺麗な人だ。テキパキと動くところはやはり兄妹なんだなと思い知らされる。会社での彼の姿と少しダブる。
 彼とはまだ就職してからの友だち。というか、ただ会社の同期。彼に何人兄妹がいるとか、そんなことも全く知らなかった。
 だけど今日、お互いのプライベートに少しだけ触れ合った。双子だと聞き、普段知らない彼を知れたことで何だか妙に親近感が湧いてきた。
 そもそも「早瀬川 高広」という人物自体、きっと半分も知らない。
 今日は初めての事が多すぎて、頭が少し混乱するし、やたらと変な汗を掻く気がする。コレは真夏の所為だろうか、とも思った。

 彼をもっと知ってみたいと思ってしまった、この感情さえも。全て暑さの所為だと思ってしまう。

 そう思ったのは彼も同じだったようで、それからあれよあれよという間に私たちの距離は縮まっていくことになる。




            
↓ 続きます
↓
↓


【Read More】
                  

                ++++++++++++++++++++++



10年前のあの日、この世に生を受けた命は、すくすくと成長を遂げ、今に至る。

 私たちはあれから何となくお互いが急接近していった。そのことに何の疑問も無く、私はというと彼の呼び方を「早瀬川くん」から「高広くん」へ。もちろん高広くんも私の事を「堀田ちゃん」から「藍」と呼ぶようになった。
 順調に交際を続けた5年後。彼の転勤することが本決まりになりそうだというクリスマスにプロポーズを受けた。その春に私は彼のお嫁さんになることとなり、「早瀬川 藍」になった。結婚式にはキューピットである私の甥っ子兄弟がエスコートしてくれた。
 それから4年間、地方で新婚生活を過ごした後、今年の春、彼が本社へ戻ることとなった。

 そしてまた入道雲の季節。私は今、あの時の姉に負けない位の大きなお腹を抱えて10年前に甥っ子が生まれたクリニックの陣痛室という部屋に待機している。
 担当の助産師はあの日、甥っ子を抱えて出てきた彼の妹。義妹に取り上げてもらうのは多少の羞恥心もあるが私の希望でもあった。私よりも年上な義妹はとても頼りになる存在だ。
 時折、唐突に陣痛という今までに経験したことの無い途轍もない激痛が押し寄せてくる。枕元にはあの日、このクリニックへ私を送ってくれた高広くんが私の頭や腰や体中撫でながら、忙しなく動く妹に話しかける。

「おい、まだあっち行かないのかよ?藍、すげー痛そうなんだけどさ…。」

「さっき調べたけどまだだったでしょ?子宮がもう少し開かないといけないから。初産にしてはこの展開は速いほうなのよ?やっぱお姉さんに似て早いのかな、藍ちゃんも。はい、藍ちゃん?ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

『コレで早、い、展開、だって…?もう、これ以上時間かかってたら、私…耐え切れな、い…』と、心の中でひっそりと愚痴りながらラマーズ法の呼吸を繰り返す。
 確かに私の友だちも2〜3日陣痛と戦って結局は帝王切開になり「死ぬかと思った」って言っていた。彼女のあの痛々しい産後に記憶を廻らせると途轍もない不安が押し寄せる。
 こんな痛みが何日も続かない事を祈りながら「ヒッヒッフー」と痛みを逃す。彼もヒッヒッフーの練習を一緒にしてきたので頭の上で私と同じ息遣いをしていた。何だか少しだけ心強く感じた。
 私は10年の間に3兄弟の母となった姉が「鼻の穴からスイカを出すくらい痛いのよ」って言っていた、その例えが適切であったことをこの身を持って痛感していた。
 どうでもいいから、もう早く産みたい衝動に駆られる。腰が壊れそうだし、息するのも忘れそうだ。女という生き物は、それを全て乗り越えなくてはならないらしい。
 みんなそうやって母親になったのだから。

 だから女は強いのだ。と、いろんな意味でそう思い知らされた気がした。

 それから、陣痛は急速に頻繁に押し寄せてきた。間隔が押し迫り分娩台へ移動した。その後子宮の開き具合を確認し、また待機する。
 高広くんは、居ても起ってもいられないといった具合で「まだかまだか」と妹に迫るが「タカ、しつこい!」と言われる始末。
 それからしばらくして子宮口が全開になったらしく、インターフォンで先生も呼ばた。そして念願の「いきむ」作業に取り掛かれる。
 「いきむ」ことができるんだという安堵感と同時にいよいよなんだという不安と焦りも感じる。勝手に出てこようとしているかのように痛みで主張してくる赤ちゃんを必死でお腹の中に留めておいて子宮が開いてしまうまで待ち続ける。
 まさに女は忍耐だ。

「はい、いきんで!」

 それを2、3度繰り返す。「目は瞑らないで、赤ちゃんが出て来たところがみえるから」と姉にも義妹にも執拗に言われたので瞑りたい衝動を必死で耐えて目を開ける。

 私は搾り出すように、我が子は暗闇から這い出るかのように私の中から、この世へと誕生した。
 
 血まみれで、とても綺麗とは言い難い。だけどすごく愛おしくて堪らなかった。まさに血の気が引いて行くように一気に痛みが消え、気持ちもスッと軽くなり、かわりに暖かい何ともいえない充実感が押し寄せる。
 娘は軽く綺麗にされた後、直ぐに私の胸の上に置かれた。暖かくて小さくて皺皺だけど、綺麗な赤ちゃんだと思った。指がスラリと長くて細い。足も小さい。

「おめでとう!元気な女の子だよ〜可愛いね、藍ちゃん似じゃない?ほら、早速抱っこしてあげて。」

 私の胸の上にうつ伏せで寝そべる小さな小さな天使を見つめる高広くんの顔をみて初めて事の重大さを感じた。高広くんは私の腕をさすりながら一緒にいきんでいたのか?それとも余程興奮していたのか?何故か彼の息遣いは、とても荒かった。私達夫婦はふたり顔を見合わせて笑う。そして

「…藍、ありがとう。」

 という彼の声を耳にしながら、私の頬を撫でる彼の手に安堵して目を瞑る。そして次の瞬間、目を開けた私の視界に飛び込んできたのは、初めて彼が私に見せた「涙」だった。

この日私は母親になり、彼は父親となった。

 この天使によってもたらされた幸福感と充実感と何とも言い表せない責任感。
私は初乳を娘へ与える。この初めての行為はとても重要な役割があるとか。体の小ささからは想像もできないほどのすごい吸い付きでとても痛い。姉がいつも痛いといっていたがこんなに痛いのかと驚いた。
 その後、自分の腕になんともぎこちなく娘を抱く高広くん。その光景を分娩台の上から見て、何とも言い難い想いが込み上げえ来て、私も鼻の奥がツンとした。
 でも涙は流れなかった。

 きっとそれが、母親になったという証なのかもしれない。そう思いながら彼と娘を見つめた。
 その後、高広くんは準備してあったデジカメで沐浴シーンをムービーで撮ったり写真を撮ったり忙しく動き回る。早くもまさかの親バカ発揮する彼に私は思わず笑ってしまった。

 
  ―もし、10年前の真夏の出来事が無かったとしたら
 
 きっと私と彼との間には何も無くて、もちろん私も今この場所で姉と同じように子供を産んだりしていなかったのではないだろうか。
 このクリニックで私と彼はきっと同じことを思っているに違いなかった。
 
「俺たちのキューピットにも、早く抱っこしてもらわなきゃな。」

 生まれたての娘を抱く妹を分娩室から見送りながら、私の手を握って彼がポツリと呟いた。

 



<あとがき>

今回やたら長くなてしまったので追記部分に分けました。読みづらくて申し訳ないですが、お許しを。

出逢いとは偶然であって必然であると思いたい。
何処で何をしてても出会っていたんだと思いたい。

妊婦さんを見かけて、暑いのにお腹が大きくて大変だなと言うところから
このお話は生まれました。
全ての人に親が居るからこそ、この世に生を受けた命がある。
そのことを書いていて痛感しました。

最近、哀しい事件が多いけど、誰しも必ず、この世に出てきた瞬間がある。
その事を忘れないで居てほしいなと思うし、私も忘れないようにしたいと思います。

【Hide More】
2008.07.21 * SS(短い物語) * CM:0 * * top↑
       
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プロフィール

Author:sybilla*

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sybilla*の妄想駄文倉庫へようこそ!
詩とSSの割合は9:1
これから少しずつSSが増える予定
素人なので駄文ばかりですが、
お気軽に読んで行ってくださいませ

あと誤字脱字多いと思います
お見苦しくて申し分けありません(汗)
こちらで気づき次第修正を加えます

尚、著作権は放棄しておりません
転写・複製等はご遠慮願います!

:::作品傾向:::
詩はビターorスイート
SSは恋愛要素少なめ
妄想&心の散文多数混在

:::管理人について:::
自分のおうちが大好きな成人♀
/妄想癖/ネガティブ/ポジティブ/
RAD/BUMP/スガシカオ/ゆず/

:::リンクについて:::
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