「煙草」
私はこの人と向き合うのが怖かった
何年も何年も避けてきた人
― ついにこの日が来てしまったのだ
窓から見えるこんなにも空は晴れ晴れと燦燦としている のに
私の心はこんなにも暗い
対照的だった
平日の午後2時。
古ぼけた喫茶店、客は私とこの人だけだ。
詳しく言うと、客はこの目の前で煙草を吸っている、こ の人だけだ。
何故なら、私は昼にココのウエイトレスをしているから 。ココは私の昼の職場なのだ。
夜にはまた別の職場へ出向く。それもまた接客業、時給 はとびきり良い。
なかなか顔を上げることが出来ない私。
昔から変らない同じ銘柄の煙草。ニコチンとタールの数 字は私が吸うソレよりも遥に上を行く。
その紫煙の先にある顔を私は直視する事が出来ない。
しばしの沈黙。
溜息を漏らす。
相手が、だ。
相手の煙草の煙がかすかに私にまで届く。懐かしい匂い 。
向こうの溜息は私の心を更に冷ややかにさせる。だけど 体は火照る。
冷や汗が身体中に溢れてくる感じなから、勇気を振り絞 る。切り出すしかない。
「あんた、元気そうやないね。」
沈黙を破ったのは溜息を漏らした相手だ。私が一番恐れ ている存在。
祖母
戦後、5人の子供を産んで育てた人。
この目の前にいる祖母が私の父であり母である存在。
親代わりとして私を育ててくれた人。ばーちゃん。
「うん」とうなずき、私も相手に釣られ煙草に火をつけ る。
肺の中に煙が一気に流れ込む、少し落ち付く。
「いつから吸うとんの、ソレ。」
ばーちゃんは自分のソレを灰皿に押し付けて、コップに 入った水を一気に飲み干した。
「え?コレは高校のとき、かな?」
軽くカミングアウトだったが、もう時効だろう。
5年も前の罪は。
もうこうなったらヤケクソだ。この際何もかもカミング アウトするしかない。腹を決めるか。
「ばーちゃんに内緒にしとったとね、こん子は。」
内緒が多い子やぁね、と。また煙草に手を伸ばす。ヘビ ースモーカーだ、相変わらず。
その祖母が火を付けながら私を見る。その目にはうっす らと浮かぶものがあった。気がした。
涙だろうか?
鬼の目にもなんとやら、だろうか。何かの間違い、そう に違いない。
自分の子供の葬式に涙も見せない鬼の目に、涙だなんて 似合わない。
確かめたい、だけど直視できない。もう一度だけ視線を 交わす勇気が無い。
二人の煙が交差する。
その煙を眺めるとその先にばーちゃんが見えた。
煙というフィルター越しに覗けば、鬼の目を見るのも案 外容易いことだった。
彼女の目に涙は無いようだ。
流石、肝っ玉ばーちゃんだ。そう思ったら、完敗だと悟 ってしまうではないか。
今更だ、強がっても無理。この人には昔から敵わないの だ。
「ごめん、ばーちゃん。」
自分の煙草の火を消しながらその言葉を吐いた途端、私 の胸の奥から軋んで押し寄せる、嗚咽。
それと同時に私の目から涙が零れた。ついさっき相手の 涙を再確認する筈だったのに、馬鹿だ。
自分が泣いているなんて。
「馬鹿が、何泣いとんの。泣きたいのはこっちじゃ。」
心配させよって…、というばーちゃんの目からは一瞬に して私と同じくらい大粒の涙が零れた。
思わず二度見して、今度は直視した。
煙のフィルターも今は無い。真っ向から見詰め合う。少 し痩せたかもと、今更気付く。
「はじめて見た。」
自分の子供が死んでも泣かないのに、私が言うとばーち ゃんは笑った。
「あんたらの前で泣ける訳無かろうもん、馬鹿が。」
また「馬鹿」か。そういえば、この人は昔っからコレば っかりだったな。何しても「馬鹿」なのだ。
でも、この人に言われる「馬鹿」だけは昔から嫌味が無 かった、と思い出す。
今もそれは変らないようだ。
お互い元気でよかった。
この店に今、お客がこの一人で本当によかった。
<あとがき>
初のSSです
私の祖母はヘビースモーカーでした
男前な性格の肝っ玉ばーちゃんでした
大好きだった天国にいる祖母にこのSSを捧げます
私はこの人と向き合うのが怖かった
何年も何年も避けてきた人
― ついにこの日が来てしまったのだ
窓から見えるこんなにも空は晴れ晴れと燦燦としている のに
私の心はこんなにも暗い
対照的だった
平日の午後2時。
古ぼけた喫茶店、客は私とこの人だけだ。
詳しく言うと、客はこの目の前で煙草を吸っている、こ の人だけだ。
何故なら、私は昼にココのウエイトレスをしているから 。ココは私の昼の職場なのだ。
夜にはまた別の職場へ出向く。それもまた接客業、時給 はとびきり良い。
なかなか顔を上げることが出来ない私。
昔から変らない同じ銘柄の煙草。ニコチンとタールの数 字は私が吸うソレよりも遥に上を行く。
その紫煙の先にある顔を私は直視する事が出来ない。
しばしの沈黙。
溜息を漏らす。
相手が、だ。
相手の煙草の煙がかすかに私にまで届く。懐かしい匂い 。
向こうの溜息は私の心を更に冷ややかにさせる。だけど 体は火照る。
冷や汗が身体中に溢れてくる感じなから、勇気を振り絞 る。切り出すしかない。
「あんた、元気そうやないね。」
沈黙を破ったのは溜息を漏らした相手だ。私が一番恐れ ている存在。
祖母
戦後、5人の子供を産んで育てた人。
この目の前にいる祖母が私の父であり母である存在。
親代わりとして私を育ててくれた人。ばーちゃん。
「うん」とうなずき、私も相手に釣られ煙草に火をつけ る。
肺の中に煙が一気に流れ込む、少し落ち付く。
「いつから吸うとんの、ソレ。」
ばーちゃんは自分のソレを灰皿に押し付けて、コップに 入った水を一気に飲み干した。
「え?コレは高校のとき、かな?」
軽くカミングアウトだったが、もう時効だろう。
5年も前の罪は。
もうこうなったらヤケクソだ。この際何もかもカミング アウトするしかない。腹を決めるか。
「ばーちゃんに内緒にしとったとね、こん子は。」
内緒が多い子やぁね、と。また煙草に手を伸ばす。ヘビ ースモーカーだ、相変わらず。
その祖母が火を付けながら私を見る。その目にはうっす らと浮かぶものがあった。気がした。
涙だろうか?
鬼の目にもなんとやら、だろうか。何かの間違い、そう に違いない。
自分の子供の葬式に涙も見せない鬼の目に、涙だなんて 似合わない。
確かめたい、だけど直視できない。もう一度だけ視線を 交わす勇気が無い。
二人の煙が交差する。
その煙を眺めるとその先にばーちゃんが見えた。
煙というフィルター越しに覗けば、鬼の目を見るのも案 外容易いことだった。
彼女の目に涙は無いようだ。
流石、肝っ玉ばーちゃんだ。そう思ったら、完敗だと悟 ってしまうではないか。
今更だ、強がっても無理。この人には昔から敵わないの だ。
「ごめん、ばーちゃん。」
自分の煙草の火を消しながらその言葉を吐いた途端、私 の胸の奥から軋んで押し寄せる、嗚咽。
それと同時に私の目から涙が零れた。ついさっき相手の 涙を再確認する筈だったのに、馬鹿だ。
自分が泣いているなんて。
「馬鹿が、何泣いとんの。泣きたいのはこっちじゃ。」
心配させよって…、というばーちゃんの目からは一瞬に して私と同じくらい大粒の涙が零れた。
思わず二度見して、今度は直視した。
煙のフィルターも今は無い。真っ向から見詰め合う。少 し痩せたかもと、今更気付く。
「はじめて見た。」
自分の子供が死んでも泣かないのに、私が言うとばーち ゃんは笑った。
「あんたらの前で泣ける訳無かろうもん、馬鹿が。」
また「馬鹿」か。そういえば、この人は昔っからコレば っかりだったな。何しても「馬鹿」なのだ。
でも、この人に言われる「馬鹿」だけは昔から嫌味が無 かった、と思い出す。
今もそれは変らないようだ。
お互い元気でよかった。
この店に今、お客がこの一人で本当によかった。
<あとがき>
初のSSです
私の祖母はヘビースモーカーでした
男前な性格の肝っ玉ばーちゃんでした
大好きだった天国にいる祖母にこのSSを捧げます

