sybilla*
僕の想いを受け止めてくれたのは君だけだった
134
「爽やかクン」


 今日、会社帰りに出し忘れたハガキを持ち家を出る。帰ってくる途中どうしてもトイレ(大きい方)に行きたくて急いで帰ってきた。ハガキを出す事を完全に忘れていた。ポイントを集めて応募するアイスの懸賞。締め切りは明日。
 明日このハガキを忘れずに出す、それを絶対に忘れないという保障は何処にもない。だから何が何でもこのハガキは今日出さなければならなかった。
 それを今から近くのコンビニのポストへ投函しに行くのだ。自転車で行けば夜道も然程怖くない。街灯もあるし、まだ人通りも結構あるから。
 私は身支度を整え家を出た。自転車を置いている軒先は表に面している。すぐ隣の家のおばちゃんがいつも手入れしているお花の匂いが風に乗って私のところまで届く。隣にはその時期その時期でいろんなお花が咲く。隣のお家の庭の花の先具合や種類で季節を感じることが出来る。

 何だか肌寒いかも…そう思いながら自転車の鍵を解除しようと鍵穴に鍵を差し込む。最近鍵が回りづらく開けにくいと感じる。油を差さなくては、と思う。
だが、いつも思うだけで忘れている。やはり、今日も鍵は素直に回ってはくれない。面倒だ、油を差すのは。急いでいるから、今日は無理。もうすぐバラエティー番組が終わって大好きな推理ドラマが始まるから、油を探して差して、なんていう時間は、今日に限っては無理に等しい。
 思わず私は、舌打ちをする。
もう一度回そうと試みる。コツがいるのだ、本当に。すると指先に手ごたえを感じた。今度は回ってくれそうだ。
 大抵自転車に乗る時は何故かいつも急いでいるし、そして自転車で帰ってきても不思議と急いでしまう。私に油を差すチャンスはなかなか訪れることは無いのだ。残念ながら。
でもタイヤの空気だけは小まめに入れている。そのアンバランスが私自身、とても不可解だと思う。

「こんばんはっ。」

 不意に背後から声をかけられ驚く。耳に届くは活き活きした歯切れの良い声、と共に後ろを振り返っり、その目の前に現れた人物。
 2軒先の一人息子の高校生「壮太クン」だった。今年2年生になった男の子だ。

「こんばんは。今帰ったの?」

 とこちらが返すと照れたように頷き、笑う。この年頃の子らしい素直な反応に少し安心感を持つ。
可愛い笑顔だな、と思う私はもうオバサンだろうか。まぁ、高校卒業して直ぐに勤めはじめてもう4年。高校生から見ればオバサンだろうな。私も10代の頃は二十歳なんてオバサンだと思っていたから。今は二十歳なんてまだまだ子供だ。実際22歳の私自身心は10代の頃と殆ど変りはしない。
年齢なんてその年齢になってみればなんとも虚しく感じる。10代に戻りたい。背伸びしていた頃が懐かしい。

 挨拶してきた彼の制服姿は地元でも1番の進学校のモノだ。知的さも兼ね備えたそのフォルムが堪らない。
 何を隠そう、私は学ランが大好きだ。普段詰めている襟を放課後に緩めて着ている姿、悩ましい。私が通った学校は全て運悪くブレザーだった。ネクタイは父のスーツで見慣れていたし、私の中では新鮮さに欠けていた。だからなのかは解らないが学生時代は「学ラン」というものにやたら執着していた気がする。
 学ランに執着していた割に、数少ない私の歴代彼氏たちは皆、同じ学校や大学生であった為、いままでに「学ラン」とは縁がなかった。自分の中でも摩訶不思議なことだと思う。手に入れることが出来ないから余計に想いが膨らんでいったのかもしれない。舐める様に壮太クンを眺めている自分に気付き、そのお馬鹿な思惑を悟られないように自粛する。
 斜め掛けしたエナメルのスポーツバック。そうだった、この子はバレーしてるんだったっけ。
確かに此処3年位でググッと背丈が伸びた。うちの弟よりも大きいかもしれない、どれくらいだろう。気になったの背比べしたくなった。そっと立ち上がり、何気なく近寄った。デカイ、でも弟よりは少し低そう。私の目線が彼の喉仏だから。  
 弟は無駄にデカイ。私の目線はヤツの鎖骨だ。弟のクセにムカつく、ヤツはいつも私を嘲笑うかの様にいつも私を見下ろし、鼻で笑う。しかも弟は私と同じ高校に通っているためにブレザーだ。使えないヤツ。まぁ、ヤツは勉強嫌いだから仕方ない。
 そんなこと思いながら壮太クンの制服姿を見せ付けられると、かなり参る。弟の言葉を借りるならば「萌える」。同じ男でもうちの弟などとは比べ物にならないくらいの好青年。爽やかクンは大好物だ。

「背、伸びた?」

 何となくまだ爽やかクンと話したくて話題を探る。とりあえず率直に思ったことを話しかけてみた。すると壮太クンは少し考えた様子で首を捻った。

「少しだけっスよ…2センチくらいっス。」

 せめてあと3センチ伸びないっスかねぇ…と頭を掻きながら照れ笑いしている。この年代の男の子は「そうなんっス」とか「〜っス」をよく使う気がする。何だか不思議だ。昔はそんな余所余所しくなかったその態度に、少し違和感を覚えた自分に気付く。
 2センチ伸びたというのは、おそらく高校生に上がる前から2センチなのだろう。うちにたまに遊びに来ていたころから、という意味に取れた。
その頃既に私は働いていたのであまり会うことも無かったな、とその頃を思った。

「ホント伸びたよ。ホラ、大きいよね?ホラっ」

 私は一歩、歩み寄って距離を縮める。手で自分と相手の差を測った。
近い。顔が近い。自分から行っておきながら、この身長差は顔が近すぎてヤバイ、そう感じた。身長差およそ15センチ程の高校生にドキドキしている自分に気付く。それと同時に高校生男子の独特の匂いに胸がキュンとした。
壮太クンはやはり、何もかもがうちの弟とはエライ違いだと思う。
 うちの弟は変に色気づいている。そう、ヤツは香水をつけている。その香水は実は私が以前付き合ってた彼にあげるつもりで買っていたものだった。しかし、プレゼントをその彼にあげる前に私たちは別れてしまった。男のモノの香水をつける女も居るが、私は別れた男の匂いに包まれるなんて真っ平御免なのでそれはしたく無かった。行き所をなくしたプレゼントを仕方なく弟にあげることにした。
 弟はブランド物の香水をとても気に入ってくれたようで、満面の笑みで「ありがとう」を返してくれたのを私は今も鮮明に覚えている。それから毎日ソレをつけるようになった弟。弟にあげた翌日、その香りを身に纏った弟を見て、直ぐに「失敗だったな」と思ったこともよく記憶している。
 それから2年になる。いつも元彼の香りに包まれる我が家。本当に勘弁して欲しいと思う。だけど最近ソレにも慣れてきた。弟の強烈な個性のお陰で元彼の存在も家の中では薄れている。時間と共に。
 その点、壮太クンは爽やかだ。作り物の匂いを発する生意気な弟とは正反対で新鮮だった。
なんだかとても興味が湧いた。単純な女だ、私は。

「ああ…男日照りが。何、欲情してんのさ。」

 飢えたハイエナが、ゴメンね壮太。と鼻で笑う男の声が玄関から聞こえた。家の中からの逆光で顔は見えないものの、その声の主の登場に思わず眉を顰めた。弟「柾哉」の登場だ。
何だその態度は、それが姉に対する態度か?思わず溜息が漏れる。ドキドキ感が一気に失せて行くのを感じた。
 私の4つ下の弟、柾哉。今、工業高校3年生である。柾哉は中学へ進学し、私の背を追い越し出した辺りから何だか生意気になった気がする。その辺りから何故か女の子によくモテるようになった生意気な弟。
 そんな柾哉は付き合いだして3年になる一つ年上の彼女「亜子ちゃん」と今もラブラブだ。うちにもよく亜子ちゃんを連れて来る。
 私なんて彼氏だなんて一度も家に連れてきたことなど無いというのに。兎に角、柾哉は本当にいろんな意味で生意気なのだ。
 昔は私の後ろを金魚の糞の如く付きまとってきた男。仕方なく一緒にままごとしてあげたのに。下手くそなキャッチボールの相手も、名前すら覚えてないが「○○レンジャーごっこ」もしてあげたではないか。厭々ながら。
 なのにその姉に対する冒涜。最近一々癪に障ることをしてくる。いつのまにか態度も身体もこんなに大きくなりやがって。昔は私の周りをチョロチョロしていて可愛かったのに。今はデカくてうざい。
 
 ―そういえば、ヤツも「制服フェチ」だったな、と思い出す。
 柾哉の部屋には色とりどりのエロDVDが堂々と放置されている。悪びれる事も無く堂々としたもんだ。しかし母は「観たい盛りなのよ♪」とか言いながら綺麗に整理整頓してあげている。そのDVDの中で群を抜いて多いシリーズ、「看護婦モノ」。ヤツはおそらく「白衣フェチ」だ。
 思い返せば、彼女の亜子ちゃんは高等看護学校1年生だ。柾哉のやつもなかなかやるな、と思う。
私たち姉弟、変な嗜好がよく似ているのかも、と何だか余計に虚しくなり失笑してしまった。
 そんなことを思っている私を知ってか知らずか、私の自転車の方へ歩み寄る弟。
そしてデカイ体を丸めて屈み込んだ。何してるのだろう…。

そう思っている間に「ガシャンッ」自転車の鍵か回った音がした。

「ホラ早く行けよ、油差してやったから有難く思えよ?」

 お土産はプッ○ンプリンでヨロシク〜。と弟はヒラヒラと油を振りながら家の中へ入る。
入り際、「Bigね。」そんなこと言われなくても解ってる。ヤツの食欲は巨人並だから。
 何しに来たのかと思えば、プリンのリクエストか?油差しにきたのか?それなら一緒に行こうとか言ってくれればいいのに。何だか最後には上手く丸め込まれている気がして、余計に腹立たしくなる。
弟とのやり取りはいつもそうだ。最終的にしてやられている気がしてならない。

「ホント、可愛くないヤツっ!」

 そういいながらも、多少は感謝もしているのだけれど。事実を確かめるべく、自転車に駆け寄り鍵を確認する。今までなんでずっと油差さなかったのだろう。よくよく考えればタイヤの空気を入れる行為より遥に容易なことではないか。
 鍵をもう一度施錠し、確認した。鍵は新品同様、スムーズに回転してくれた。

「柾ヤン、昔から姉貴想いっスねぇ。」

 ちょっと意地悪なこと言う時もあるけど。と、制服の壮太クンが私の所へ来て微笑みながらそう呟く。
学ランの笑顔、ヤバいって。お姉さんキュン死しちゃうじゃない。
 壮太クンの口から久しぶりに聞いた「柾ヤン」という弟の愛称。懐かしい。
「柾ヤン」は小学校の友達しか呼ばない呼び名だったから、とても懐かしく感じた。昔の弟を知ってる壮太クン。今の柾哉とも仲は悪くないだろうが、高校が別々になりお互いにあまり顔を合わさないだろう幼馴染。なんかいいな、と思ってしまった。男同士これからも仲良くして欲しいと思う。

「俺も、姉ちゃん欲しかったなぁ。」

 何だかくすぐったい気持ちになる。高校生に時めいている自分に、戸惑う。早くハガキを出しに行かないとドラマが始まる。アイツがプリンなどと口走るから、私もやけに食べたくなった。買いに行きたい。夜の道は怖いけど、行くしかない。

「ね、お姉さんがプリン奢るから一緒に行かない?コンビニ。」

 お姉さん、なんだかいい気分なんだ!とおどけて見せた。だって本当にいい気分だったのだ。
いい気分ついでに何でだかお誘いしてしまった。自分でも言った後、しまった!と思った。が、後の祭りだ。
 ムカつくやつだが、柾哉は可愛い弟なのだ。悔しいけれど。
その弟の幼馴染も姉としては大事にしたいと思う。何となくだけど、そんな気がしたから。

「じゃ、僕が運転するんで、後ろにどうぞ。」

予想外に相手も乗ってくれて何だか嬉しい。ジェントルマンな高校生の態度に私は更に上機嫌になる。

「よし!じゃ、運転ヨロシク!プリン奢るから!」

「や、僕コーヒーでいいっス、とか言っちゃって。」

 本当にいいんスか?なんて言い合いながら、何の躊躇も無く私たちは自転車に二人乗りしてコンビニへ向かった。
 
 一人だと夜道は心細い。あそこで久しぶりに壮太クンに会って、弟が家から出てきて油差してくれて良かった。仕事帰りにハガキを出し忘れた自分に感謝だ。
 
 何気に人生初、学ラン男子との憧れの自転車の二人乗り。実は二度と叶わない夢だと思っていた。
嬉しい。例え夢の実現の相手が近所の高校生だとしても、ソレはそれで許す。我が侭は言わない。「制服マニア」の私はコレで充分に満足だ。
 
 このドキドキをお嫁に行く前に経験できて良かった。
 そんな馬鹿な事を思ったなどという事は誰にも秘密にしておこう。

 いろんなことの巡り会わせが「ツキ」を呼んだ、肌寒いのお話。

<あとがき>

私は何を隠そう、制服フェチです。
学ランもブレザーもどちらも大好物。

だけど、大人のスーツは、もっと大好物です(笑)
2008.05.29 * SS(短い物語) * CM:0 * * top↑
  
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